THORNBORN 2

第2話 異変

店主は、気まずそうにしている僕を見ると、充電コードをテーブルに置き、そっとテレビをつけた。

それから、少し申し訳なさそうに笑った。

「……さっきの声、聞こえちゃったかな。ごめんね」

「あ、いえ……」

僕は曖昧に答えた。

聞こえていなかったと言えば嘘になる。

けれど、正直に答えるのも気まずかった。

「うちはね、学生の休憩場所として、地元の学校から少し補助金を受け取っているんだよ。だから、できるだけ融通を利かせるようにしているんだけどね」

店主はテーブルに置いた充電コードへ目を向けた。

「最近の学生さんは、充電を忘れることが多いのかな。よく頼まれるんだよ」

「……そうなんですか」

「まあ、事情は人それぞれだからね」

店主はそう言って笑った。

僕は改めて頭を下げた。

「本当にありがとうございます」

「いいんだよ。それより、お腹は空いてないかい?」

「えっ?」

「嫌な気持ちにさせちゃったからね。せめてものお詫びに、何か作ってあげるよ。簡単なものだけど」

「いえ! そんな、そこまでしていただくわけには……!」

思わず両手を振った。

(;´Д`)💦

充電コードまで貸してもらったのに、これ以上甘えるなんて申し訳ない。

ところが店主は、少し寂しそうな顔をした。

「でもね、店をやっていて思うんだよ」

「……?」

「お客さんに、また来たいなって思ってもらえるだけで、うれしいんだ」

店主は店内を見渡した。

古びた椅子。

長年使われてきた木製のテーブル。

壁に掛けられた時計が、静かに時を刻んでいた。

「実はね……そろそろ店を畳もうかと思ってるんだ」

「えっ……?」

「もう大きな売り上げも期待できないしね。赤字ばかりで、はっきり言って利益なんてほとんどないんだよ」

店主は苦笑いした。

「だから、そろそろいい区切りなのかなってね」

僕は何も言えなかった。

さっきまで気さくに話していた店主が、急に少し遠い存在に感じられた。

「だからこそ、最後までお客さんには気持ちよく帰ってもらいたいんだよ。せめて何か食べていっておくれ」

「……でも」

「君はちゃんとうちに来て、飲み物を注文してくれたじゃないか」

店主は僕を見て続けた。

「喫茶店として利用してくれた。それだけで十分だよ。携帯が使えなくなっちゃったのは、災難だったけどね」

「……ありがとうございます」

結局、僕はその厚意を断れなかった。

⸻

🥪 小さな喫茶店

しばらくすると、店主がサンドイッチを運んできた。

「はい、お待たせ」

皿には、丁寧に切られたサンドイッチが並んでいた。

「いただきます」

一口食べる。

パンは柔らかく、具材の味がしっかり感じられた。

「……美味しい!」

( ˊ̱˂˃ˋ̱ )🥪✨

思わず声が出た。

店主はうれしそうに笑った。

「そうかい。それはよかった」

僕はサンドイッチを食べながら、充電コードにつながれたスマートフォンを確認した。

画面は相変わらず真っ暗だった。

電源ボタンを長押ししても、何の反応もない。

「……くそっ。なんでつかないんだよ」

小さくため息をついた。

「直らないかい?」

「はい……全然反応しなくて」

「そうか。じゃあ食事が終わったら、お父さんだったかね? 私の電話から連絡してあげるよ」

「あっ、ありがとうございます!」

「飲み物の代金は、そのときお父さんに払ってもらおうかね」

「はい! あの、サンドイッチの値段も教えてください」

「いやいや、これはいいんだよ」

「でも……本当に美味しかったから。僕、また来たいなって思いました」

店主は一瞬、目を丸くした。

そして、穏やかに笑った。

「……ありがとう」

そのときだった。

店の奥で皿を洗っていた女性が、ふとこちらを向いた。

店主の奥さんだ。

👩💢

……うっ。

やっぱり怒ってるよなぁ。

なんというか、その視線が痛い。

まるで、

『口のうまい学生ね。お世辞を言えば何でもしてもらえると思ってるんじゃないの?』

とでも言いたそうな顔をしている。

もちろん、本当にそう思っているのかはわからない。

でも、サンドイッチを作ってもらっているあたりから、奥の方に妙な殺気を感じていたのだ。

( 👁️˂˃👁️ )💦

……気まずい。

僕が何度も奥へ視線を向けていることに、店主も気づいたらしい。

「チッ……」

突然、舌打ちが聞こえた。

「おい、ババア! いつまでそんな陰気くせえ顔してんだ!」

「……!」

「ほら、しっしっ! 皿洗いやってろ! ったく、感じが悪いから接客に出せねえんだっつうの!」

( ゚д゚)‼️

……この人、本当に口が悪いな。

僕にはあんなに優しいのに。

さっきまで敬語で話していた人とは思えない。

思わず苦笑いした。

すると、そのときだった。

店主のシャツの襟元が、わずかにずれた。

その隙間から、黒い筋のようなものが見えた。

「……あれ?」

よく見ると、それは首筋に刻まれた模様だった。

そして、奥さんの首元にも似たような黒い模様がある。

……えっ?

まさか。

タトゥー……?

( 👁️˂˃👁️ )⁉️

僕の視線に気づいた店主が、楽しそうに笑った。

「ははっ。そんなに珍しいかな?」

「あっ! すみません!」

「いいんだよ。実はね、僕らは学生時代から付き合っていてね」

店主は自分の首元に軽く触れた。

「そのまま結婚したんだけど……まあ、お互い元ヤンキーでね」

「えっ……!」

「だから、口が悪いんだよ。僕はなんとか敬語を使ったり、接客したりできるようになったんだけど、妻はなかなかね」

店主は肩をすくめた。

「まあ、お互い気を使わないから楽でいいんだけどさ」

……なるほど。

元ヤンキー夫婦だったのか。

そりゃ、口調も荒いわけだ。

なんだか妙に納得してしまった。

しかし、その直後だった。

⸻

📺 緊急速報

それまで穏やかに流れていたテレビ番組が、突然切り替わった。

画面に赤い文字が表示される。

【緊急速報】

「……ん?」

店主がテレビへ目を向けた。

『速報です。たった今、○○市○○町で交通事故が発生しました』

「おい……うちの近くじゃねえか」

店主の表情が変わった。

テレビには、慌ただしく動く消防車や救急車の映像が映し出された。

そして、その奥には……。

黒煙を上げながら炎上する、一台の大型バスがあった。

『事故を起こした車両は現在も炎上しており、消防による消火活動が続いています。付近の皆様は、危険ですので現場に近づかないでください』

「……バス?」

僕は思わず画面に見入った。

『こちらは現場の映像です。事故に遭ったのは○○交通の路線バスで、車内には多くの学生も乗車していたとみられています』

「うわ……ひどい……」

思わず声が漏れた。

しかし、店主は険しい表情を浮かべた。

「おいおい……ひどいとか、そんなもんじゃねえだろ……」

テレビには事故現場の映像が映り続けていた。

倒れた人々。

慌ただしく動く救急隊員。

事故の衝撃を物語る、無残に壊れた車体。

そして、一瞬だった。

カメラが、映してはいけないものまで捉えてしまった。

「……っ!」

奥さんが顔を背けた。

僕も思わず息をのんだ。

学生服を着た人の、あまりにも痛ましい姿だった。

『あっ……!』

画面の向こうから怒鳴り声が聞こえた。

『おい! 何を映してるんだ! カメラを戻せ!』

映像が慌てて切り替わる。

「ふざけんなよ……」

店主が低い声でつぶやいた。

「こんなもん、テレビで映すんじゃねえよ……何考えてんだ……!」

店主は本気で怒っていた。

奥さんも、口元を押さえたまま黙っている。

そのときだった。

二人の視線が、ゆっくりと僕の方へ向けられた。

正確には……。

僕が着ている制服へ。

「……ああ、そんな……」

奥さんが小さくつぶやいた。

僕は自分の制服を見下ろした。

……待てよ。

さっきのバス。

学生が大勢乗っていたって……。

それに、あの時間帯……。

『事故に遭ったバスは、○○駅を○時○分に予定どおり出発した車両と確認されています』

その瞬間、頭が真っ白になった。

「……え?」

○時○分。

○○駅発。

○○交通のバス。

間違いない。

僕が乗るはずだったバスじゃないか……!

( 👁️˂˃👁️ )‼️

もし、今日。

途中で体調が悪くならなかったら。

もし、喫茶店に寄らなかったら。

僕は今ごろ……。

そこまで考えたときだった。

♪――♪――♪

突然、テーブルの上から電子音が鳴り響いた。

「……えっ?」

スマートフォンだ。

さっきまで何をしても反応しなかった画面に、着信の表示が浮かんでいた。

そこに表示されていた名前は……。

父さん。

⸻

📱 父からの電話

僕は震える指でスマートフォンを手に取った。

画面には、父さんからの着信が表示されている。

「……父さん?」

通話ボタンに触れる。

「もしもし……」

『健人⁉️』

電話の向こうから、今まで聞いたこともないような父さんの声が響いた。

『健人! 健人なのか⁉️』

「う、うん……僕だけど……」

『よかった……! よかった……!』

父さんの声が震えていた。

『今どこにいる⁉️ 事故の現場には行ってないな⁉️』

「うん……喫茶店にいる」

『喫茶店? どこの店だ⁉️』

「○○店っていう……駅の近くの……」

『わかった! 今から迎えに行く!』

「父さん……」

『いいか、健人! 絶対に事故現場には近づくな! 戻っちゃダメだぞ!』

「……うん」

『それから、携帯の電源は絶対に切るな! 充電しておけ! いいな⁉️』

「うん……わかった」

『そこから動かずに待ってろ。必ず迎えに行くからな!』

「……うん」

通話が終わった。

僕はスマートフォンを握りしめたまま、しばらく動けなかった。

父さんがあんな声を出すなんて。

僕は幼い頃から体が弱かった。

そのため、両親はいつでも僕の居場所を確認できるよう、スマートフォンの位置情報を共有するサービスを設定していた。

一般的な位置情報機能だけでなく、より詳しく居場所を確認できる有料サービスまで利用している。

普段は少し心配しすぎだと思うこともあった。

でも、今日ばかりは違った。

スマートフォンが突然使えなくなったことで、父さんは僕の居場所を確認できなくなっていたのかもしれない。

そして、僕が普段利用しているバスの事故を知った。

……どれほど心配したのだろう。

電話越しに聞いた父さんの声が、耳から離れなかった。

( ´・ω・)……

「……よかったねぇ」

店主が静かに声をかけてくれた。

「お父さん、迎えに来てくれるんだね」

「……はい」

「そうか。それなら安心だ」

奥さんも、何も言わずに僕を見つめていた。

さっきまでの険しい表情は、もうそこにはなかった。

⸻

🌿 見えない異変

「……もうテレビ、消しましょうか」

奥さんがそう言った。

「ああ、そうだな」

店主がリモコンへ手を伸ばす。

そのときだった。

「……ちょっと待ってください」

僕は思わず声を上げた。

店主の手が止まった。

「どうしたんだい?」

「もう少し……見てもいいですか?」

「無理しなくていいんだよ。あんな映像、見ない方がいい」

「……いえ」

僕はテレビへ視線を戻した。

そのとき、僕自身はまだ気づいていなかった。

さっきまで苦しめられていた体調不良が、まるで嘘のように消えていたことに。

そして……。

僕の服の下で、ある異変が起きていたことにも。

誰にも見えない、服の内側。

そこには、まるで生き物のように僕の体へ巻きついているものがあった。

黒く、細長い何か。

それが……。

シュル……。

シュルシュル……。

音も立てず、ゆっくりとほどけ始めていた。

腕から。

胸元から。

体を締めつけていたものが、少しずつ離れていく。

しかし、健人自身はその存在に気づいていない。

店主も奥さんも、何も知らない。

ただ、ひとつだけ確かな変化があった。

体を覆っていたものがほどけるにつれて、健人の体調は急速に回復していた。

それどころか、感覚まで鋭くなっていた。

テレビの音。

人々の動き。

画面の端に映る、小さな違和感。

それまでなら見逃していたであろうものが、妙にはっきりと目に入ってくる。

そして……。

僕は見つけてしまった。

⸻

👁️ 事故現場の女

テレビには、事故現場の映像が流れていた。

消防隊員が走り回り、周囲の人々は不安そうに様子を見守っている。

泣いている人。

呆然と立ち尽くす人。

顔を覆い、事故現場から目をそらす人。

誰もが、目の前の惨状に言葉を失っていた。

……ただ一人を除いて。

「……あれ?」

僕は画面を凝視した。

事故現場の少し離れた場所に、一人の女性が立っていた。

その人だけ、周囲とは様子が違っていた。

人々が悲しみ、恐怖に震える中で……。

彼女は、事故現場をじっと見つめていた。

そして。

笑っていた。

「……え?」

笑っている。

何か楽しいものでも見ているかのように。

ただひたすら、笑っていた。

( 👁️˂˃👁️ )……

なんだ……あの人。

どうして笑っているんだ?

事故が起きているのに。

大勢の人が苦しんでいるのに。

なぜ……。

そのときだった。

女性が、ふいに顔を上げた。

そして。

こちらを見た。

「……っ!」

思わず息が止まった。

そんなはずがない。

彼女がいるのは事故現場だ。

僕がいるのは喫茶店。

それも、テレビの映像を通して見ているだけなのに。

僕のことなんて、見えるはずがない。

……なのに。

どうしてだろう。

画面の向こうにいる彼女と、目が合ったような気がした。

まるで……。

最初から、僕がそこにいることを知っていたかのように。

背筋に冷たいものが走った。

彼女は……。

一体、何者なんだ……?

⸻

THORNBORN(ソーンボーン)

第2話「異変」――完