第4話「見えない同乗者」
店主は、ふと店の外に人の気配を感じた。
窓越しに、一人の女性が立っているのが見えた。
「お客さんかな?」
女性は店内を眺めているようだった。
いつも客がいるわけではない店だ。また何か尋ねられるのだろうか。
そう思い、店主は女性に声をかけようとした。
だが、その瞬間だった。
「あれ?」
女性は何事もなかったかのように、店の前から立ち去ってしまった。
「……なんだ。店の雰囲気を見てただけか」
店主は少し気恥ずかしくなりながら、店の奥へと戻っていった。
女は、不思議に思っていた。
つい先ほどまで、何者かに監視されているような気配を感じていたのだ。
その気配の正体を確かめようと、ここまで追ってきた。
しかし、妙だった。
確かに感じていたはずの気配が、突然消えてしまったのである。
女はしばらく周囲を見渡した。
だが、もう何も感じない。
そして、それまで気になっていたことが、急にどうでもよくなった。
女はそのまま歩き始め、人混みの中へと紛れていった。
やがて、その姿は見えなくなった。
そのときだった。
騒がしい音楽を大音量で流しながら、一台の車が通りかかった。
女は、その車に目を向けた。
そして、ゆっくりと口角をつり上げた。
「まったく、トロくせぇな! ひき殺すぞ、おい!」
男は苛立ちながらハンドルを握っていた。
車内には、耳障りなほど大きな音楽が鳴り響いている。
「なんで俺が代わりに行かなきゃならねぇんだよ!」
仕事への不満が、次から次へと口をついて出る。
「ったく……音楽でも流してねぇと、やってらんねぇよ」
男は舌打ちをした。
だが、ふと車内に置いてあった家族の写真が目に入った。
「……まあ、今度の休日は休みも取れたしな」
その顔から、少しずつ険しさが消えていった。
「よし。気分を切り替えるか」
男は音楽の音量を下げた。
そして、飲みかけのぬるいアイスコーヒーを口に含む。
「……仕事に戻るか」
先ほどまでの怒りが嘘のように、男は落ち着きを取り戻していた。
彼にも生活がある。
仕事があり、家族があり、楽しみにしている休日がある。
乱暴な言葉を吐きながらも、彼なりに日々を生きていた。
だが、彼女はそんな男の事情など知らない。
いや、知ろうとするつもりさえなかったのだろう。
男はまだ、気づいていなかった。
いつの間にか、助手席に一人の女が座っていることに。
女は男の横顔を見つめていた。
そして、まるで獲物を見つけたかのように――
静かに、笑っていた。
